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ああでもないこうでもないと結論の出ない議論が続いた。いい加減くたびれかけた。その時だった。さっきの怪しいアジア人が飛び出した脇道から、一目見ただけでその筋の人間と分かる陰惨な面構えの男達が、一気に六人も現れたのだ。
派手な背広。金色の高級腕時計。磨き抜かれた高級靴。後ろに撫で付けられた黒髪。夜なのにサングラス。
ヤクザだ。典型的なヤクザ。
六人のヤクザ達は、揃いも揃って息を弾ませている。
六人は口々に「野郎どこ行きやがった」「それにしても迷路みたいな路地だな」などと吠えながら地団駄を踏んでいる。
その中の一番年上に見えるヤクザの視線と朝田ハルキの視線が重なった。
「なあ、そこの兄ちゃん。ここに紫色の服を着たモジャモジャ頭の怪しい中国人が来なかったか」
「さあ……」
すっとぼけよう。関わるべきじゃない。やり過ごすんだ。
そんな朝田ハルキの心の内を知ってか知らずか、北園エイコが脇からしゃしゃり出た。あっという間も無かった。エイコは、ハルキの思惑を見事に打ち砕いてくれたのだった。
「さっき来ましたよ」
「本当か。姉ちゃん、その中国人だけど、どこ行ったかな。それからそいつ、手に何か持ってたか」
北園エイコは、信じられない動作に出た。
「はいっ。これを持ってました」
ハキハキと軍人のように答えながら、怪しいアジア人から預かった白い粉末状の物体を、あろうことか、ヤクザに手渡したのだ。
朝田ハルキは目の玉が飛び出しそうになりつつ、あまりにも一瞬の出来事すぎてどうにも出来なかった。手遅れという言葉が、朝田ハルキの脳裏に浮かんで消えた。
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