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「拳銃が欲しいんですが」
なるべく波風を立てないように、穏便に懇願したつもりだった。
頼むから、分かって欲しい。
そんな朝田ハルキの祈りにも似た思いとは裏腹に、カウンターの向こうの四十男は視線を合わせもしない。
男は、死人の目をしていた。
死人の目で男は言う。視線を逸らせたまま。
「何言ってんのか分からねえな。それ飲んだら、勘定済ましてさっさと帰んな」
朝田ハルキは、四十男の首に巻き付いた黒い蝶ネクタイを視線の先に捉えた。飲めもしないのに注文したハイボールのグラスを虚しく握り締めながら、早口にならないように再び言う。
「ここに来れば売って貰えると聞いたからわざわざ独りで来たんです。酒だって二杯も注文した。俺にはどうしても拳銃が必要なんです。カネならあります。どうかお願いしますよ」
今、店内にいる客は朝田ハルキただひとりだった。
他の客が途切れるまで、二時間粘った。アルコールを受け付けない体質の朝田ハルキにとって、無愛想なカクテルバーのカウンター席での二時間は短い時間ではなかった。
カウンターの向こう側の死人のような男が、赤い色の薄気味悪いカクテルを足の長いグラスに注ぐ。もちろん、朝田ハルキにはそんなカクテルを注文した覚えは無い。
退屈しのぎに自分が飲むものだろうか。それとも創作カクテルコンクールの課題のアイデアでも練っているのだろうか。
どうにもならない焦りから、すっかり熱くなった頭を冷まそうとして、朝田ハルキがそう思ったとき、男は小さな瓶に入った正体不明の液体を数滴ばかり、赤いカクテルに垂らした。
男は言った。
「これ以上店の中で変なことを言ってみろ。若い衆を呼ぶぞ。電話一本で命知らずが十人は集まる。それが嫌なら、飲み代置いて今すぐ出てけ。帰れ」
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