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今、夢を見ている。
夢の最中、そこが現実からかけ離れた遠い世界であるのを、朝田ハルキは痛いほど自覚していた。
夢だ。夢。目の前に広がる世界は紛れもない夢なのだ。しかも、酷い夢だ。土砂降りの雨に打たれながら、アスファルトの路上に這いつくばって絶命する。絶命した我が身を、童話に出てくる悪い狐や悪い狼達が寄って集って貪り喰らう。そんな、酷く薄気味悪い夢だった。
目が覚めた。薄目を開けた。見慣れた天井が見える。いつもの自分の部屋なのに、何かが違っていた。
異変を感じた理由はすぐに理解できた。
見慣れた部屋の中に、異質なものが見えた。
人だった。
赤の他人の、見知らぬ成人の男がひとり、あぐらをかいて座っていた。
まるで狐のような顔だった。
狐のような顔をした男の、狡猾そのものな口元が、不敵に笑っている。襟付きの白いシャツにチノパン。シャツの裾はパンツの中にきっちりと入れてある。その男のポマードでがっちり固めた頭髪があまりにも不自然すぎて、とにかく不気味だった。まるで紳士服屋の陳列台に突っ立っているマネキン人形のような髪型だ。
狐のような顔をしたポマード頭の男が、目覚めたばかりの朝田ハルキに言った。
「おはよう朝田くん」
気味の悪いぐらい明るくハキハキとした甲高い声だ。言うまでもなく、不自然すぎる髪型同様に、それはあまりに不気味すぎた。
朝田ハルキは咄嗟に起き上がろうとして諦めた。狐の右手に拳銃が見えたからだ。
狐顔の男。まるで、夢に見た悪い狐そのものではないか。
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