悪い狐

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「朝田くん。朝だ。いつまで寝てるんだい。さあゆっくり起きたまえ。ところで、焦って逃げようなんて思ってくれるなよ。キミがもしも変な考えを起こしたら、俺は撃つのを躊躇しないからね」 朝田ハルキは、ゆっくりと上体を起こした。 シャワーがバスタブを激しく叩く音が、はっきり聞こえた。 「俺の友達は、ああ見えて綺麗好きなものでね。彼女の汗と体液の匂いに我慢ならないらしいんだ。そういうわけで、彼は彼女の身体を隅々まで丁寧に洗ってあげてるんだよ。もちろん彼は親切でやってあげてるのだから、それを悪い意味に受け取ったりしないでくれよな」 何なんだコイツは。 朝田ハルキは、まだ完全に目覚めきれない頭を左右に振って、意識をシャッキリさせた。それから、頭脳を総動員して状況を整理してみた。 しかし、全力で考えるまでもなかった。目の前の狐顔のポマード男は、モジャモジャ野郎の仲間に違いなかった。ということは、今シャワールームでエイコにふざけた真似をしているのは、あのモジャモジャ野郎なのか。 怒りが沸き上がって、身体が震えた。世間一般的な感覚や常識で考えるまでもなく、北園エイコは朝田ハルキにとって自分のオンナなのだ。自分のオンナであるはずのエイコが、どこの馬の骨とも知れぬ男から、扉の向こう側で破廉恥行為をされているのだ。こんな屈辱があってたまるか。 いや、待てよ。まさか。 胸騒ぎがする。エイコは本当に扉の向こう側にいるのか。いや、エイコは生きているのか? 「エイコは生きてるんだろうな。エイコの顔を見せろ」 朝田ハルキは素早く視線を走らせ、テレビ台の裏側の辺りを見た。多分、モジャモジャ達は、テレビ台の裏に隠したオートマチック――四十五口径軍用ガバメントに気づいていない。
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