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やがて男は立ち止まった。男は道端にそびえ立つ電信柱を背中に、朝田ハルキと向かい合った。
男のレイバンのサングラスが、暗い街の灯りを受けて光っている。
朝田ハルキにとって、男はまるで見覚えの無い人物だった。さっきのカクテルバーの死人のような目をした四十男とは、言うまでもなく別人だ。
レイバンのサングラス。黒いボサボサの髪。リーバイスのヴィンテージのジージャン。米軍払い下げであろう軍用カーゴパンツ。
男の首には、数珠のような形状のネックレスが妖しく絡み付いていた。
男は日本語を話しているものの、そもそも日本人なのかどうかも判らない。正体不明な薄気味悪さが、男の身体全体から漂っていた。
男の背後の電信柱に、いつの物とも知れぬピンクサロンのチラシが見える。
〈欲望うずまくOL〉チラシの文字がそのように読めた。
男が、濃いサングラスの奥から朝田ハルキを上から下まで舐めるように見回した後、改まったように言った。
「金は、あるのか」
高鳴る心臓に押し潰されそうだった。男の言葉に、やっとの思いで頷いた。まるでぎこちないロボットの出来損ないだ。
「そう硬くなるな。緊張するのはお前だけじゃない。ここに来る奴はみんなそうだ。だからリラックスしろ」
朝田ハルキは、無理に笑顔を作ろうとしたが、それはやはり無理だった。
極度の緊張のせいか、顔面が言うことをきかない。
「ブツを持ってくる。ここで待ってろ。すぐに戻る」
朝田ハルキは頷いた。
ふと、思い出したように、男が言った。
「もしもだ。もしも気が変わって、拳銃をいらないと思うなら、俺が戻って来る前に此処から消え失せろ。そして今夜の出来事は全部忘れろ。俺も忘れる。ブツを受けとる前なら、まだ後戻りが可能だ。やめるんなら、今のうちだぞ」
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