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「わたし、あたりめ食べるマシーンなの」
男は首をひねり、彼の貧弱な折りたたみ式パイプベッドに腰掛けている女に顔を向けた。抱えた枕を指でつつきながら、男を見ている。
「わたし、あたりめ食べるマシーンなの。だからそこにあるあたりめ取って」
細い腕を持ち上げて、ローテーブルの上に投げ置かれていたコンビニの袋を指さす。ついさっき、この家の最寄り駅で「出会った」ふたりが買ったものだ。冷えたスパークリング日本酒のせいで、袋は水滴でべちゃべちゃと濡れている。発言を理解した男は小袋の封を切って手渡した。
「いつからあそこにいたの。自分の家は」
目を合わせることなく男が尋ねた。
「わたしあたりめ食べるマシーンだから。そういうことはどうでもいいの」
「そっか。じゃあ、どこで作られたの」
「覚えてないな」
「いつ作られたの」
「さっきだよ」
「さっきか。あのさ、それ、6本しか入ってないよね。無くなったらどうするの。また買いに行くの」
「これが無くなったら、スパークリング日本酒飲むマシーンになる」
男は立ち上がり、少しぬるくなった瓶を冷蔵庫にしまった。あたりめの長さは一向に変わる気配がない。
網戸越しに入ってくる夜風が涼しくなった。空になった小袋と青い瓶がテーブルに転がっている。男はベッドに仰向けに寝転んでいる。すぐそばには、相変わらず腰掛けたままの女の、なめらかなカーブを描く薄い背中が伸びる。
「君は、どんなマシーンにでもなれるの」
なれるよ。どんなのになってほしい?
雨に濡れた新緑の匂いが部屋に充満している。女は腰に回されている腕をそっとほどき、足元に放り出されたままだったベタベタのラテックス製品をごみ箱に放り込み、ベッドから立ち上がった。
「お風呂借りるね。浴槽大好きマシーンだから」
振り返ると、男は目を閉じて深い呼吸をしていた。
カーテンの隙間から真っ白な光が差し込んできた。男はゆっくりと起き上がり、部屋に自分以外の体温が存在しないことを認めた。よたよたとソファーに座り込むと、ローテーブルの上に小さなメモ書きがあることに気付いた。あたりめと日本酒を買ったコンビニのレシートの裏に書かれたものだった。
「ありがとう。愛子」
あいこ、と言うのか。マシーンよりも、可愛い名前だな、と男は思った。
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