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それは、恐れていた。
訳も分からないままこの狭く温い闇のなかに監禁されてきて、今ようやく出ることができるというのに。
それは、願っていた。
ひたすらに、自分の予想がどうか当たることのないように。
しかし、水が抜け、頭が牢獄が引きずり出された瞬間響いた女の悲鳴と老婆の叱咤。
「気をしっかり持ちな!あんた母親になるんだろう!」
その、言語。
それは、ーー魔王は、知っていた。
その言語を操る者共が何者か。
かつて魔王が統べる国に何をしたのか。
そして、かつて、魔王は確かにその者らの滅びを願い、行動した。
それが、何故。
絶望と理不尽な怒りに目の眩んだ魔王は、ずるりと母胎から取り出されてもぴくりとも動かず、自死を決め込んだ。
鼻唄でも歌い出しそうなご機嫌な自殺は、しかし、別の人族の雌によって阻まれた。
何かといえば、思いっきり、尻をぶっ叩かれたのだ。
それも一度ならず、何度も何度も。
新生児に対し何か恨みでもあるのではと疑いたくなるような殴打。
こうなってしまってはもう息を止めておくことはできない。
死ねない絶望と痛みと血生臭さに、魔王は泣いた。
泣きながら、思う。
涙を流すなんて、何百年ぶりのことだろう。
魔王はその長い生涯のなかで、たった一度だけ声をあげて泣いたことがある。
絶望と屈辱、喪失の嘆きの涙は魔王の情け深い心を粉々に打ち砕き、そこに憎悪の花を芽吹かせた。
その二度目の今、あまりにも異なる状況ではあったが、少なくとも、その絶望の濃度だけは同じだった。
泣き叫ぶ魔王を産んだ母親は、体を温い湯で洗われ布に包まれた状態の魔王に 、そっと触れた。
「初めまして、私たちのお姫様。あなたに会えて、とっても嬉しい」
魔王の過去を何も知らない人間の女は、そう言った。
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