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線路の横の脇道を、達哉はさっちゃんと駅に向かって歩いている。
「二宮先輩、甘いよなあ。」
「ふふふ。おかげでコーラス部の株が一気に上がったよ。」
嬉しそうなさっちゃんの横顔に、達哉はちょっと悔しくなる。
「俺、頑張ったんだけどなあ。」
ふーっと空に息を吐く。さっちゃんにため息ついているところは見せられない。陸上部に恥をかかせたかったわけじゃないけれど謝罪もされなかったので、なんとなくすっきりしない気分だった。
「あっ、夕焼け、きれいだね」
隣でさっちゃんも空を見上げた。
チラッと横目でうかがうと、上を向いたさっちゃんの顔が、すぐ側にあった。
(キスしても、いいかな……)
達哉は突然の衝動にさからえず、さっちゃんの方にそろそろと顔を向けようとした。
「たっちゃん、ありがと」
「えっ。なにが?」
さっちゃんにいきなりお礼を言われて、達哉はよこしまな考えを見やぶられたか、と慌てた。
今度はさっちゃんの方に大きく首をひねってさっちゃんを見る。
(バレていませんように……)
「たっちゃんさ、前にバレンタインのチョコの事、ごまかしてくれたでしょ」
達哉は全く関係ない話に、面食らってしまう。
「うん、あったね、そんなこと」
二宮先輩がいるときに、さっちゃんが最初にバレンタインにチョコをあげたのは達哉だと、友だちにバラされてしまった時の事だ。
達哉は、「さっちゃんと自分は 幼なじみだったから、お母さんが買ってきたチョコをあげなさいとさっちゃんに渡したから、達哉にチョコをくれたのだ」と言ってごまかした。
さっちゃんが困った顔をしていたから。
「チョコ、毎年手作りだったもんね。お母さんが買ってきたなんて言って、たっちゃんがかばってくれた事、わかったよ」
あの時、自分がついた嘘なのに、寂しい気持ちがしたことを達哉は思い出した。でももういい。達哉はむくわれた気がしたけれど、ふといいことを思いついた。
「まあ……、今年も手作りの、くれるって事で手を打つよ。チョコ予約ね」
さっちゃんは、突然立ち止まった。達哉も立ち止まって、さっちゃんを待つ。サラサラと風が流れる。足元の草も、さっちゃんの髪も、さらさら揺れる。
「ボウズにならなくて、よかったね。」
さっちゃんが三歩、離れたところから言う。
「髪なんて、すぐ伸びるよ。」
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