2*クールな獣医とその素顔

15/26
前へ
/206ページ
次へ
   大学の頃から一人暮らしをして、もうすぐ10年が経つ。私は特別な趣味を持っていないこともあり、家事をするのは好きなほうだ。保冷バッグを持ち出して主婦みたいに買い物をするのも普通になっている。  土日に買い出しに行くときには、買い物の帰りに家とスーパーの中間にある柚ヶ丘公園に寄り、小さな噴水のところに座ってぼんやりと緑を眺めるのが習慣だ。コタロウと過ごすのももちろん楽しいけれど、ひとりでこうやって大好きな公園でのんびりする時間も大好きなのだ。  この公園は子どもの遊具を始め、木のぬくもりが嬉しいベンチ、癒しを与えてくれる噴水や緑鮮やかな植え込みがある。ここには親子連れやカップル、年配の夫婦、ペットの散歩をする人などいろんな人が訪れる。私のようにひとりでのんびり散歩しているような人もいるから、気軽に来れる公園で気に入っていた。  本当はコタロウも連れてきたいんだけどなと思ったとき、ふと影が落ちてきた。 「あれ、坂本さん?」 「え?」  自分の名前を呼ばれ視線を上げると、襟や袖がおしゃれなチェック柄になっている白シャツにジーンズというラフな格好をした男性が私を見下ろしている。逆光で表情が見えなくて、私は立ち上がった。 「やっぱり坂本さん。こんにちは」 「えっと、こんにちは……」  すぐにその男性の正体がわからなくて、首を傾げてしまう。  ……この笑顔、つい最近どこかで見たような……。  記憶を辿っていると、男性が少し驚いたような表情に変わる。 「もしかして、俺が誰だかわからない? んー、そんなに変わるかなぁ」  彼の手が無造作に跳ねた髪を押さえつけた瞬間、頭の中に記憶が蘇ってきた。 「あっ、虎谷先生!」 「うん。覚えててもらえてよかった」 「あの、ごめんなさい」 「いや、いいよ」  「俺、無意識に変装してたんだな」とおかしそうに笑いながら、虎谷先生は髪を再び無造作に崩す。髪型や口調、表情が違うだけで動物病院での先生とは雰囲気ががらりと違っていて、別の人と話しているような感じだ。きっと今患者さんが通りがかっても先生のことには気づかないのではないだろうか。  病院とは違う彼の雰囲気に、鼓動が速度をあげる。
/206ページ

最初のコメントを投稿しよう!

148人が本棚に入れています
本棚に追加