4*会いたいのは……キミ

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*恋人*  コタロウの脱走事件があってから1週間。コタロウは特に変わった様子もなく、部屋では元気に遊び回っている。  そんなコタロウの横で、私は虎谷先生からいつ電話が来るのか落ち着かず、スマホとにらめっこをしていた。だからといって自分から電話する勇気もなく悶々としていると、私を励ますようにコタロウがやってきて遊びに誘われるという毎日だ。  ――土曜出勤の帰り、私は買い物をするためにスーパーに寄ることにした。普段は一度家に帰ってから行くのだけれど、今日はどうしてもと緊急の残業を頼まれて遅くなってしまい、急きょ予定を変更した。  そのようにした理由は虎谷先生にある。会う約束をしているわけではないから会えるかどうかわからないけれど、虎谷先生に会えるかもしれないという一心で、私は買い物を済ませ公園に急ぐことにしたのだ。  買い物を終え、スーパーの入り口の自動ドアが開き店から出ようとしたとき、女性が入ってくるのが視界に入り反射的に立ち止まると、目の前に西岡さんがいた。 「あら、坂本さん。こんにちは」 「西岡さん! こんにちは」  挨拶をすると、西岡さんはにこやかな笑みを向けてくれた。時間を考えると、きっと動物病院の仕事帰りだろう。彼女の私服姿を初めて見るけれど、想像通り、大人の女性という感じで素敵だ。  西岡さんは明るくて性格も親しみやすく、患者たちからも人気がある。私も彼女のことを女性として密かに憧れの人だったりする。  でも、虎谷先生への自分の気持ちに気づいてからは、純粋にそう思えなくなってしまった。動物病院の待合室で待っているとき、「虎谷先生と西岡さんってお似合いよね。もしかして恋人同士なのかしら」といった会話を何度も耳にしていることも大きいと思う。  その会話の通り、先生には私のような平凡な人間ではなく、西岡さんのような完璧な女性がお似合いだと思う。それは誰が見ても当然のことなのに、私は本当にふたりが特別な関係だったらどうしようと苦しい気持ちになってしまうのだ。  私のそんなどうしようもない気持ちに反して、西岡さんは「そうだ」とやっぱり素敵な笑みを見せたまま口を開く。
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