5*幸せと罪と罰と

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「……決まってるだろ。坂本さんのことが好きだからだよ。好きな女の前でいつでも余裕があるわけない」  「カッコ悪いから知られたくなかったのに」と樹さんの余裕が崩れる。その照れた表情は初めて見るもので、心臓が大きく跳ね、鼓動が速まった。 「またそんな顔……っ。私が何年もかけてできなかったことを、たったの数ヶ月で簡単に引き出すなんて、そんなの悔しいじゃない……!」 「そうなるものは仕方ないだろ」 「どうしてなのよ……」  樹さんの言葉に西岡さんは勢いをなくし、悔しそうに唇を軽く噛みしめる。力が緩んだその隙に、樹さんは彼女の手から逃れた。  樹さんから離れてしまった自分の手を西岡さんは握りしめる。そしてぽつりと彼女の本音がこぼれだす。 「いとも簡単に樹の心を独り占めにしていく坂本さんが羨ましかったの。だから、私と樹が付き合ってるって匂わせて、かき回してやろうと思ったの。ちょっと指輪見せただけで簡単に引っかかってくれて、これで樹を取られないって思ってたのに、いつの間にかふたりは恋人同士になってるんだもん。そんなの悔しすぎるじゃない……。私が何年樹に恋してたと思うの? いいじゃない、私は一度も樹の恋人になれなかったんだから、少しくらいかき回したって」  西岡さんの恋心が伝わってきて、胸が苦しくなる。私が苦しかったのと同じように、彼女もずっと苦しい想いをしてきたんだ。好きな人に振り向いてもらえない苦しさは私も知っている。  それと同時に、樹さんと西岡さんが恋人関係ではなかったことに安堵する気持ちもあった。それでもまだ、ふたりがブライダルサロンにいた理由はわからない。 「菜々。もう十分だろ。気は済んだか?」  優しく名前を呼ばれ、西岡さんはまた悔しそうな表情になる。 「それに、みーこにちょっかい出していいのは俺だけなんだから。横取りするなよ」 「……なっ……」  樹さんの妙な言い方に、思わず声が出る。そんな私に気づいた彼は可笑しそうに笑みをこぼした。  こうやっていとも簡単に私を振り回す樹さんはやっぱりずるい。
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