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「先生って、本当にネコがお好きなんですね」
「うん。獣医だし動物が好きなことは当たり前だけど、なんとなく堂々と公表する勇気はなくてさ。でもすごく好きなんだよな」
そう言って笑った虎谷先生はまるで少年のようだ。いつもとは違う表情に私の心臓が音をたてるけれど、それは決して苦しいものではなく、心があたたかくなるもので、すごく心地いい。
「私はいいと思いますよ。あっ、もしかして先生もネコちゃんと一緒に住んでたりするんですか?」
「ううん。そうだったらこんなところで道草食ってないで、家に引きこもってるよ」
「あ、そうですよね」
でも、そんなにネコが好きなのに、どうしてネコと一緒に暮らしていないのだろうか。もしかして、暮らせない事情でもあるのかな。
先生のプライベートだし、そこまでは聞くことはできないなと思ったとき、先生が私の心を読んだように話し始める。
「なんて言えばいいかな。……そう、距離感を保つために、動物は飼わないって決めてるんだ」
「距離感、ですか?」
「そう。大げさかもしれないけど、どの患者に対しても対等に接したいっていうのが“信念”というかさ。一番を決めてしまったら、その一番しか見えなくなるんじゃないかっていう不安もあるし。まぁ、実際はそうなってみればそんなこともないんだろうけど、今はまだ自信ないから」
「距離感、かぁ。わかるような、わからないような」
好き過ぎたり距離が近かったりすると、確かに客観的に見ることができなくなる傾向はあるかもしれない。でも、虎谷先生は線を引くところは引いているように思えるし、たとえ好きでも、自分がやるべきことを見失う人ではないと思う。
「でも、先生は大丈夫だと思います」
そう思うという感覚だけでなんの根拠もないけれど、そう伝えると、虎谷先生は「ありがとう」と柔らかく笑った。また初めて見る表情に、私の鼓動が速度をあげる。
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