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無性にその子猫に触れたくなり、そっと手を伸ばすけれど、子猫は怯えるように身体を震わせた。耳を後ろ側に倒して、一瞬だけ私に潤んだ大きなまるいブルーの瞳を向けたかと思えば、またすぐに身を隠すようにマサコちゃんに寄り添った。
子猫のそんな様子になぜか胸が強く掴まれたような気がして、私は手を自分の胸元に戻した。そのままその場に座り込み、つい弱音をこぼす。
「……嫌われちゃってるのかなぁ」
「あ、美夜子(みやこ)、その子ね、人に怯えちゃうの。私にはやっと慣れてきてくれたんだけど、私以外には身体を触らせないし、兄妹猫たちともなかなか遊ぼうとしなくて、母猫にべったりなの。特に男の人がダメみたいで、旦那なんていまだに一度も触らせてもらえてないのよ」
璃世が困ったような声色で声をかけてきたけれど、私は声の方には振り向かず、目の前の小さな存在に心を奪われたままだった。
「だからね、その子はそのままうちで飼おうって旦那とも話してるの。安心できる母猫もいるし、私たちはネコに慣れてるからね。時間が経てばきっと旦那にも慣れてくれると思うから」
「そっか……」
その子猫を私が引き取るといった話は一切出ていないにも関わらず、璃世の言葉で、この子が私の元に来ることはないんだと思うと寂しい気持ちになってしまった。
……ねぇ、キミは何が怖いの? 何も怖くないんだよ。
そう伝えるために優しく撫でてあげたいと、私は怯えさせないようにゆっくり手を伸ばし始める。「美夜子」と呼ぶ璃世の声が耳に入ってきたけれど、「少しだけ、待って」と伝えると頷いてくれた。
時間をかけて私と子猫との距離が15センチくらいまで近づいたとき、子猫が私の方を向き耳を倒して口を開き小さくシャーッと鳴いた。それは決して撫でてほしいとおねだりするものではなく、警戒心の固まりのような鳴き声と姿だった。さっきまであんなにまんまるの瞳を見せていたのに、今は細めている。
明らかに私を拒否している姿に、私はやっぱり子猫に向けていた手をゆっくり自分の方に引いた。迫ってくる人間の手がなくなったからか、ほっとしたように子猫は強張らせていた身体から力を抜いた。そして、再び母猫の身体に寄り添うようにして安堵した表情を浮かべる。
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