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手を振り上げて、蒼の頬を思いっきり打った。
ぱしんという音がしたような気がしたけれど、手のひらも指先も何も感じなかった。
「高遠を侮辱するな」
確かに、蒼の頬を自分は打ったらしい。
じわじわと片頬が赤くなっていくのが見える。
「まいったね・・・」
頬を打たれたのに、蒼は笑っていた。
「最初に言うのが、そこなのかよ・・・」
二人の間を雨が絶え間なく落ちる。
「言うよ。もっと言わせてもらう」
腹の奥底と両足に力を入れて、蒼を見据えた。
どうか、自分に力をください。
彼を手放すための力を。
彼を救うための力を。
「僕の知っている蒼はこんな男じゃない。僕が好きだった蒼はこんな顔をするじゃなかった。君はいったい誰?」
蒼。
君は雨の中にいつまでも留まっていてはいけない。
僕をここに置いて、前に進め。
「征司…」
願いを込めて言葉を口にするが、蒼の指先が自分に伸びてくる。
「触ったらいけない!!」
素早く後ずさった。
「…触ったら、ますます駄目になるんだ、僕たちは。それではどこにも行けない。一緒にいても幸せになんてなれないんだよ、蒼」
傷ついた瞳に心が揺れる。
でも、決めたから。
「・・・俺がいなくても、お前は幸せになれるのか、征司」
「・・・うん。なるよ。君も、僕も」
今言う言葉が、どんなに蒼を傷つけたとしても・・・。
またきっと歩き出せる。
そんな彼が好きだったのだから。
「本当に?俺に抱かれないと眠れないくせに」
「・・・そんなことないよ。今もちゃんと眠れてる」
唇が自然と笑みの形を作ることができた。
「だから、振り返らないで。君は、君の道を行くんだ」
大丈夫。
絶対大丈夫。
蒼が幸せなら、きっと自分も歩き出せる。
「あとになって後悔しても、もう、俺は・・・!!」
蒼が声を荒げる。
まるで悲鳴を上げているかのように。
抱きしめたくなる衝動を抑えて、顎を上げた。
「後悔しない」
大丈夫。
絶対大丈夫。
蒼が幸せなら、きっと自分も歩き出せる。
「だから、今、ここで、別れよう」
だから、僕を置いて行け。
「・・・わかった」
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