-征司-

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 どのくらいの間があったのか、自分でもわからなかった。  ただ、うつむいていた蒼がぽつりと答えた。 「さよならだ」  初めての、訣別の言葉だった。  それを望んだのは自分なのに、胸が締め付けられるように痛かった。  長い間を共にした蒼に言いたいことはいっぱいあったけれど、言葉が出てこない。 「うん」  うなずくのがやっとだった。  笑わなければ。  蒼が行けるように、笑おう。  これが、最後だから。  …自分は、綺麗に笑えただろうか。  蒼が踵を返して歩き出した。  雨が・・・。  雨がどんどん二人の間を塗りこめていく。  背中が遠く消えてしまう前に、耐えられなくなって声をかけてしまった。 「ごめん、蒼。・・・さよなら・・・」  蒼は振り返らなかった。  ただ、それを合図に足を速めていく。  行ってしまう。  蒼が行ってしまう。  心根そのままに明るい色をした髪  射るようなまっすぐとしたアーモンド色の瞳  きりりと吊り上った眉とは反対に少し下がり気味の目じり。  まっすぐと伸びたその背中もすべて憧れだった。  抱きしめられて嬉しかった。  名前を呼ばれるだけで、胸の中が熱くなった。  そして、いつしか身体の一部になった人。  今、ひとり、ひとりに・・・別れていく。   ・・・蒼。  手のひらがじんじんと熱を持つ。  それを、ぎゅっと握りこんだ。  追いかけたい気持ちに蓋をして、雨の向こうにだんだんと小さくなっていく影を見つめ続けた。  そして。  雨の中に、独りとり残される。  数えきれない後悔と絶望の中、雨が降る。
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