-高遠-

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 これから先に何が起きたとしても。  ゆるゆると息を吐き出し、目を伏せた。  完全に目を閉じてまもなく、ボンネットがまた大きく揺れた。  ぱん、と音を聞いたような気がする。  見開いた先には離れて佇む二つの影。  決して交わらない二人の姿がそこにあった。  ややあって、少年は背を向け、ゆっくりと雨の向こうに消えていく。  白い背中はそれをいつまでも見つめ続けた。  長く思える時の中、滝のような雨と立ち続ける白い影を自分も見つめる。  もう、おそらく彼の目には何も見えない。  容赦なく雨は降る。  彼らの心の色をそのままに、激しく雨が降る。  頼りない背中が雨に壊されてしまいそうで、胸が苦しくなる。  こんな苦しさを今まで知らなかった。  車を降りて傘をさしかけると、布をはじく音に我に返ったらしい青白い顔が振り向いた。 「高遠…」 「どうか、もう車にお乗りください」 「うん・・・。そう、そうだな・・・」  ずぶ濡れの頬を水滴が新たに一筋流れていく。  すっかり白くなった唇が細かく震えた。 「戻らないと…」  まるで雨に溶かされたかのように小さく見える肩を思わず抱き寄せてしまう。 「・・・風邪をひきます」  そう、言うのがやっとのことで。 「ああ、そうだな・・・」  冷え切った体は身じろぎ一つしない。 「暖かい…」  しかし、頬から顎にかけて水滴があとからあとから落ちてくる。 「暖かいだなんて、感じてはいけないのに…」  茫然と涙を流し続ける細い体を強く自分の胸に引き寄せた。 「・・・行きましょう」  少しでも温めたくて。  ・・・この苦しさはどこから来るのだろう。  雨は降り続ける。  夕闇にだんだんと侵食されながら。  心の奥底に楔を打ちつけて。  雨が降る。
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