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いつも征司は語らない。
大切なことをどこか別の場所に置いたまま、誰にもたどり着けない高い所に独りで立ち、遠くを見ている。
ずいぶん前から気が付いていた。
とうに征司は別れという答えを出し、思い出も思いも、そして自分までも部屋に置き去りにした。
全てを取り戻したくて、独りであがき続けている。
何もかもを壊してまで。
そして、そんな自分を見つめるかなしそうな瞳を見るたびに獣が暴れだす。
本当は、優しくしたいのに。
「・・蒼。お願いだからそんな顔しないで。悪いのは僕だ。殴られて当然なんだよ。僕たちの関係に先なんかないことは、最初から解っていたのに・・・」
頬に手をあてたまま、見上げる瞳が潤んだ。
「あの時、僕が間違ってしまったんだ…」
「間違いだなんていうな!!」
その先を言わせたくなくて抱きしめる。
腕の中の体は、抱きしめるたびにいつからかだんだん細くなっていった。
今にも折れそうな身体なのに、あらんかぎりの力で抵抗する。
「そ・・・う、蒼、だめだ、離して、蒼っ!!」
名を呼び続けるその唇を自分のそれでふさぐ。
そして、深く深くその内側を探った。
大丈夫、征司はここにいる。
「ん・・・。だ・・・め、離して…」
吐息が甘い。
いつでも、どんな時でも、征司の吐息は蜜のように甘かった。
首元から立ち上る匂いも、男なのに咲きたての花のように清々しく、甘い。
「征司…。行くな」
「そう・・・。いや・・・。やめて・・・」
嘘だ。
こんなに熱い舌で答えるのに、こんなに甘い声で自分を呼ぶのに、それでも別れを口にする征司が憎い。
この唇とこの手はどこを触れば感じるか、どのように愛せばいいか知っている。
征司が自分の体を知っているように。
この五年はそうやってきたはずだった。
「思い出せよ、俺たちはそんなもんじゃない・・・」
更に深く、深く唇を合わせる。舌を強く吸い、歯列をたどると腕の中の身体が震える。
髪を梳いて耳を愛撫し、首筋から背中を何度も撫でると熱い息を吐き出した。
まるで滝のように降り注ぐ雨の中、あるのはお互いの体と、おさまりようのない熱と、乱れた息だけだ。
腕にしがみついてくる指先から心がまだ残っていることを感じる。
「いや・・・。蒼・・・。い・・や・・・っ」
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