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「わかった」
拳を握りしめ、征司のつま先を見る。
彼の上等なズボンも靴もぐっしょりと濡れて色を変えていた。
おそらく、自分も同じようなものだろう。
「さよならだ」
顔を上げると、安堵と落胆と絶望と・・・色々な表情の入り混じった顔が泣き笑いのような形を作っていた。
「うん」
彼は今も俺を愛している。
誰よりも、愛してくれた。
それで、十分だ。
踵を返すと、背中に頼りなげな声がかかった。
「ごめん、蒼。・・・さよなら・・・」
抱き締めないために、足を進めた。
それが、自分にできる、彼への誠意だった。
どこで道を間違えたのだろう。
どこかで・・・。
考えたところで、もう、自分は歩き始めてしまった。
雨の中に、愛しい人を残して。
彼の視線を、背中に痛いほど感じた。
けれどそれも、もう、一時のことで。
厚いカーテンのように大粒の雨が全てを遮断する。
今は、何も感じない。
ずぶぬれの身体の奥が冷えて行くのと同じように。
雨が降る。
絶え間なく降る。
愛しさも、悔しさもそこに残して。
全てを壊し、容赦なく雨は、ひたすらに降り続く。
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