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-征司-
雲が空を走り抜けていく。
窓辺に立ち、征司は空を見上げた。
うっそりと重たげな色をしているにもかかわらず、強い風に流されて次から次へと走っていくその様に胸騒ぎを覚えた。
つい先ほどまでの澄み渡った晴天がかき消されるのも時間の問題だ。
・・・雨が来る。
背広のポケットが振動し、携帯電話の着信を伝える。
「・・・はい」
「・・・ごめん、今いいかな」
開いて耳に当てると、顧問弁護士の一人の毛利智成の声が聞こえた。
「どうかした?」
長年の友人でもある彼の言葉遣いに、内容は私事だと知る。
「うん・・・」
一瞬、逡巡するような間をおいた後、ぽそりと答えた。
「蒼が近くで待っていると思う」
ある程度予測していた言葉に息を吐く。
「・・・そうか」
「脅されたからというより、このままにしている方が悪い方に行きそうな気がするから・・・。今日は本宅で打ち合わせの後、六時頃西門を出て食事会へ行くと答えた。僕は会うべきだと思ったけど、そこを通るかどうかは征司が決めてくれ」
この敷地にはいくつか門があり、規模はそれぞれ違うがどこからも出入りが出来るようになっていた。
ただし西門から出る場合は、隣りの別邸との間の私道をしばらく進まないと公道へ出られないし、遠回りになるために関係者すらあまり利用しない。おそらく、それを考えてわざと智成は西門を使うと伝えたのだろう。
「・・・わかった。知らせてくれてありがとう」
柔らかな友人の声の奥にひそむ気遣いに感謝の言葉を述べて、通話を切る。
蒼が待ってる。
どこか心の中で先延ばしにしていた事に、決着をつけるべき時が来てしまった。
・・・もう、戻れない。
深く息を吸った後、踵を返して隣室に控えていた秘書の一人に言う。
「高遠に、準備が出来次第、西口へ車を回すように伝えてくれるかな」
はい、と答えて内線電話を取るのを見届けて戸を閉める。
扉に背を預け、ネクタイの結び目に手をかける。
指先が震えて、力がなかなか入らない。
行かなければ。
行って、蒼の目を見て、言わなければ。
永遠に、
さよならだと。
・・・言わなければいけない、蒼のために。
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