第1章 天気予報の君

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美奈(みな)の日常は、テレビのリモコンを手にすることから始まる。 いつものように黒い無機質のそれを掴み、電源と共にお決まりのチャンネルへと素早く親指を動かし、見慣れたニュースが始まる……はずだった。 「もう、浩介(こうすけ)ったら!」 いつもの場所にリモコンがないことにイライラを抑えきれず、つい尖った声が漏れる。 2歳になる息子の浩介が近頃ブームとしているのは『出ている物隠し』で、その名の通りそこいらにある物を、クッションの下や引き出しの中へと入れて隠してしまう。そのくせ自分のおもちゃは片付けようとせず床に散らかしたままなのだから、美奈の苛立ちは日々募るばかりだ。 「まだ2歳なんだから、そんな急にやらせようとしても無理だよ」 夫の修一(しゅういち)は、息子に片付けなさいとキツめにくり返す美奈にあきれたように言うが、じゃあ急にじゃなくできるようにあなたが(しつ)けてよと美奈は思う。同じ2歳でも斜め向かいに住む(ゆう)くんは、ママがここに入れてねと言ったらその通りにしていたのにとも。 ようやくリモコンが、ロボやプラレールなどガチャガチャと詰まった箱の底から出てきて、美奈は慌ててテレビをつけた。 「おはようございます。五月の風が心地よい季節となりました……」 間に合った。 画面では、爽やかな笑顔の気象予報士が朝の挨拶をしている。 楠瀬(くすのせ)さん。 有名私立大学を卒業後、それまでの専門分野とは異なる気象予報士を目指して猛勉強し、数年かけて資格を得たばかりと紹介されていた彼は、今年30歳になる美奈よりも年下のはずだが、落ち着いた佇まいについ敬語で呼んでしまう。 彼を初めて見た時から、優しそうな表情と柔らかな物腰に惹かれてすぐにファンになった。そして美奈が彼をいいなと思ったのには、もうひとつ理由があった。
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