1人が本棚に入れています
本棚に追加
『都会の中のオアシスで伸びやかな生活を』
一年前、美奈と修一と浩介の三人が引越した新興住宅街のキャッチコピーには、そう記されていた。
実際広告に偽りはなく、主要都市を結ぶ沿線から均等に遠く商業地でもない、ひたすら住宅しかないこの土地の特徴をうまく表している。周囲に同じ年頃の子育て世帯が多く、その点でも越してきてよかったと当初は喜んだものだった。
……ただ、このオアシスは時々息がつまる、と美奈は思う。
「あ、浩介君ママ!」
まだ手のかかる2歳児を育てながら、きっちりとメイクをしきれいに巻いた髪で、祐くんママこと綾香が微笑んだ。
「おはよう!いい天気だね~。うちの祐斗ってば朝の6時に目が覚めてさ、お腹すいたお外行こうってうるさくて、もう勘弁してって感じ……」
その祐くんは、買ってもらったというストライダーを早くも器用に乗りこなしている。すらっと伸びた背にがっしりとした手足。待って待ってと追いかける浩介より、たった一ヶ月先に生まれただけとは思えないくらい体格差があって、眩しさとよくわからない気持ちで美奈の胸はかすかに痛んだ。
「また明後日くらいから雨になるんだって。さっき志保ちゃんが言ってたよ」
最後に美容室へ行ったのがいつか思い出せない自分とは対照的に、いつ見ても根元まできれいに染められた髪で綾香が言う。『志保ちゃん』は、やはり2歳の男の子である瑛太くんのママで、美奈の斜め向かいの綾香&祐斗親子宅から美奈の家とは逆方向の二件隣に住んでいる。確か上に5歳のお姉ちゃんもいたはずだ。
美奈より半年前に越してきたという志保を、綾香は最初から志保ちゃんと呼んでいた。一方私は、一年経っても『浩介君ママ』だ。
最初のコメントを投稿しよう!