第3章 雨の日

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第3章 雨の日

「……に前線が停滞しています。本日は非常に広い範囲で雨の降る一日となるでしょう」 今日の楠瀬さんは、ダークグレーのスーツに明るいブルーのネクタイだ。背景に映る雨傘のマークと溶け込んで、雫のように揺れている。 そうなるだろうと思っていたのに、それでも起きて真っ先に雨音を確認すると、美奈はいっきに気が緩んだ。 雨の日はホッとする。 いつもより暗くて静かで、外の喧騒も子供の声も何もかも、雨にかき消されて聞こえない。 浩介も普段よりぐっすりと眠っていて、美奈は久しぶりに一人で熱いコーヒーを飲んだ。 「今日は雨だからお外に行けないよ。おうちで遊ぼうね」 言うと浩介は珍しく素直にうんと頷いて、美奈は彼の好きなアニメをつけてやった。 息子の隣で画面を眺めながら、頭の中には数ヶ月前の楠瀬さんの姿が浮かんでいる。 「気象予報士として、朝と夕方、番組に出させていただくことになりました、楠瀬です」 長身でスタイルがよく、パッと見は若手のモデルか俳優のようだった。だが彼の話し振りには見ているこちらにも緊張が伝わってきて、その真面目さや仕事への真摯な様子が伺えた。 「多くの天気予報で、雨の日の予報には『残念ながら』という枕詞がつきますが、僕はそれを使わずにお伝えしようと思っています」 真っ直ぐな目が美奈に語りかける。 「気象予報士という仕事は様々な天候の変化を予測します。気象という現象は知れば知るほど奥深く、全く同じ天気同じ予報は存在しません。同様に、天気に対する気持ちも皆が同じではないと思います」 気がつくと、すい寄せられるようにテレビに近づいていた。 「天気予報を見る中に晴れの日を喜ぶ人がいるように、雨の日を待ち望む人もいるでしょう。どんな天気もそうあってほしいと願う人のところへ届くように、雨の日も変わらず大切にお知らせできたらと思います」
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