第7章:愛をするということ

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 言いながら膝に置いていた右手に、穂高さんの左手が重ねられる。いつも通りの冷たい手のひらに、反対の手をそっと重ねてぬくもりを分けてあげた。 「穂高さんは俺の経歴を知って、どう思いました?」 「そうだな。一番に思ったことは、千秋は恵まれた環境でとても大切に育てられたんだね。だから、心が清らかなんだなぁと思ったんだ」  重ねている左手に力を入れて、俺の右手を握り締めてくれる。 「穂高さんが思うほど、清らかじゃないと思うんだけどな」 「そんなことはない。一緒にいるだけで癒されているよ」 (いやいや、それは惚れた欲目というか何というか――)  あたふたする俺を尻目に、穂高さんは口元に柔らかい笑みを湛えながら言葉を続けた。 「千秋が実家のことを口にしない理由を考えたとき、俺自身も複雑な家庭環境のせいで、すぐには言えなかったことを思い出してね。わざわざそこに首を突っ込むようなマネをしたくなかったから、あえて聞かなかったんだ」 「……ありがとう。いろいろ考えてくれて」  伝えなくても、伝わる想いがそこにあるんだな。穂高さんの優しさで、俺の心が包まれている気がする。 「穂高さん、あのね本当は俺、実家でやってる仕事を継がなきゃならなかったんだ。紺野一族って言ってもいいのかな、おじいさんもお父さんもお父さんの兄弟も皆、そこで働いているから。何人かを除く従兄弟たちも、系列の会社に勤めているみたいなんだけど」 「何人かを除く?」  形の良い眉を上げながら、不思議そうな声をあげた。 「うん。俺のように別な職種に就いた従兄弟の話を、お母さんから聞いたことがある。揉めに揉めて大変だっていう……」 「そうか。でもそういう人が現れるのは、自然なことだと思うのだが」 「そうなんだけどね。親戚みんなで築き上げた会社だからこそ、それに手を貸さないとはどういうことだって、従兄弟だけじゃなくその親まで責められるんだ。どういう教育をしてきたんだって」  温まりかけていた穂高さんの左手が、見るみる内に血の気が引いていくのが手のひらから伝わってくる。両手を重ねて、あたためているというのに。 「俺のお父さん、親戚から吊るし上げにされるんだろうね」 「千秋――」  暫くの間、沈黙が続いた。車内に、エンジンの音だけが響いて聞こえてくる。
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