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穂高さんは今、何を考えているだろう。横目でその様子を覗ってみても、いつも通りに変わらず、運転している姿にしか見えないのだけれど。
でも間違いなく、心中複雑なハズなんだ。こんな話をされたからこそ――。
「……相当、恨まれるだろうな。大事な跡取り息子を俺のような男が奪うなんて、君のご両親は思ってもいないだろうから」
静かに告げられた言葉だったのに、やけに胸に突き刺さるように感じたのは、穂高さんの痛みがそこにあるからだ。
「穂高さん、それは」
「大丈夫だよ、千秋。どんなに恨まれても、この手を離すつもりはない。君のご両親に逢うのに多少ビビってはいるが、何を言われても別れるなんていう結末は絶対にないからね」
握り締められている手のひらから、穂高さんの決意が流れ込んでくる感じがした。冷たかったハズなのに徐々に熱を持ちはじめ、俺の右手をあたためるほどになったから。
「そういえば穂高さんのお父さんに逢うとき、すっごく胃が痛くなっちゃったもんな。隣で涼しい顔してる穂高さんが、憎らしくて堪らなかったよ」
「確かに。あのときの千秋は顔色が悪くて、小動物みたいにふるふる震えていたような?」
「酷いっ、震えてなんていなかったよ!」
冗談めかした穂高さんの言葉にがーっと怒ってみせたけど、やっぱりすごいや。
ビビってるなんて言ってるのに、その表情からはそういうのが一切感じることができない。むしろ余裕ですっていう感情だけ伝わってきているので、それに堂々と甘えちゃってる。
ここ一番ってときに、本当の強さを見せてくれるよね穂高さん――。
両手に包み込んでいた左手を持ち上げて、甲にくちづけを落としてあげた。
「ん? どうしたんだい?」
「穂高さんの手から、勇気を勝手に徴収しただけ」
「あれ、千秋の勇気を分けてくれたんじゃなかったのかい? おっと次は右折か――」
おどけて言った俺に笑顔で返しつつ、ハンドルを右に切る。見慣れた街並みが車窓の外に広がっていった。俺の生まれ育った土地だ。
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