ひとり屋

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これは結構知っている人もいるから、勿体ぶって言う話でもないが、新橋から浜松町に向かって結構歩いた方、雑居ビルの4階に「ひとり屋」という居酒屋があった。 ビールが\700という、特にリーズナブルでもないけど、まあ、場所柄妥当かなあ、と。他に名物のもつ煮(\1000)とか、すげえうまかったんだよ。それは人気だった。 しかし、もっと特別だったのは、そこが異世界の入り口だった、ということ。条件はいくつかある。一人でこの店に来ていること。他の客がいないこと。当人が希望していること。この条件が重なれば、厨房の裏の扉から異世界に行ける。 異世界と言っても想像上の世界ではなく、どこかの時代のどこかの国にランダムで飛ばされる、ということらしかった。 店の親父に勧められることもあったが、当時は彼女がいたからねえ。丁重にお断りして、親父に聞いてみた。 なんで異世界への仲介とかやってるんだ? 「これも人助けだよぉ」 人の良さそうな親父は、隠す気もなく言った。 「結構、あれを維持するのは大変でさぁ。でも、この世界でうまくやっていない人って、いるだろ?そういう人にはやり直すチャンスが一度ぐらいあってもいいと思うんだよね。まあ、いつのどこの国に行くかわからないし、それで良くなるかどうかわからないけど、少しでも良くなる可能性があるなら挑戦したいって人を、見捨てることはできないよ。」 後に他の客に聞いたんだが「織田信長とナポレオンはウチの客だった」というのが自慢らしかった。うむ。そんな親父は長生きして、一人でも多く人助けしてもらいたいものだな、と思って店を出たのを覚えている。 その後、勤め先が東京でなくなって、さすがに「ひとり屋」にもここ数年足が遠のいているが、まだあるよね。親父さんが健在なら、ひとつ、聞いてみたいことがあるんだ。 あのもつ煮、なんの肉だったんだ?
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