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低い雲
陽射しが斗真を現実に引き戻した。ベランダの硝子を突き抜けシュロの葉陰を軽く揺らしなが
ら冬の西日が分け入ってくる。憂鬱の塊が胸を押し潰して立ち上がるのも億劫だった。
床に寝転んだままゆっくりと頭上に手を伸ばすと床の影もついてくる。
スマートホンを取り何となく画面を立ち上げてはみたものの、ゲームをする気にもなれず傍ら
のかばんに投げ込んだ。
壁の時計はもう三時を廻っている。このままここにいることは非常にまずい。それだけは分
かっていた。早く仕事を探せと責められているのだ、仕事がダメならバイトしろ、としつこい。とにかくあいつたちが帰ってくる前に家を出なければ。椅子に投げたダウンジャンパーを羽織るとかばんを肩に外へ出た。
とりあえずは昨日、ばあちゃんからせしめた散髪代の二千円がポケットに入っている。コンビニでおにぎりを二個買うと残った金は千七百五十円、
自転車を走らせる斗真の首筋にひやりと冷たい粒が入り込む。ときおり思い出したように早くも暮れかけた空から粉雪が舞い散っているのだった。
博多駅交通センタービル裏、ここいら一帯は駐輪禁止だ。なるべく目立たない場所に自転車を停め、ビルに入ると一瞬にして暖房のけだるさが体を弛緩させる。
このビルの七階はちょっとした穴場だ。英会話やパソコン教室など教育施設のフロアーでトイレ入り口のすぐ横に休憩所があり若者たちがたむろできるスペースがあるのだ。
斗真は生徒のふりをして誰とも目を合わさず窓際の椅子に座ると鞄の中からおにぎりを取り出
した。食べることにたいして興味もないが、昼間から何も食べていない若い体がエネルギーを要
求していたのか、食べ始めると後は一息に二個をたいらげ、そして再び言いようの無い脱力感に襲われた。考えもなく、ただ見るともなしに窓の外に目をやっていた。
まさに沈みかけた冬の太陽が鈍い光を投げかけ、一枚硝子の窓に重くのしかかる雲からは雪が生まれては地上に消えて行く。
どこにむけようもない、強いていえば自分への怒りともどかしさが胸にたぎっているのだった。
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