第1章

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 遠くに見えるのはどんよりと垂れ込めた重い雲。  ふわふわと甘い綿飴ならいいのだけど、それはまるでくらいくらい、そして重たいなにかのように見えて、ぼくは大きくため息をついた。  ――今はそう言うものをみたい気分ではない。  寒気がする。どうしてか不安になる。  あんなくらくて重たい、さびしいものを見てしまうと、ぼくの気持ちもつめたく重くなってしまうような気がしてしまうのだ。  それを見ているのはやはりいやで、すうっと目を逸らし、気分直しに口に氷砂糖を放りこんだ。  氷砂糖は冷たいはずもないのに、口の中がひんやりとなった気がする。  ――その氷砂糖を食べたのね。  どこからかそんな声が聞こえて、その声の方を見やれば小さな女の子がこちらを見上げていた。 「その氷砂糖はとても特別なの。って言うか、氷砂糖じゃないの、八寒の甘葛なのよ」  女の子はそう言って、ぼくに手を伸ばす。ぼくはどうしてかそれに抗えず、その手を取る。  りいん、と涼やかな音が聞こえた。  どうしてだろう、不思議な音。少し前ならきっと薄ら寒い音。  だけれどぼくはもうその音がこわくない。  いらっしゃい、おかえりなさい。  そんな声が遠くから聞こえて。  ぼくはその手の冷ややかさに、けれど心地よく感じて、そして不思議なくらい安らかな気持ちになって。  ああ、あの音は、おりんの音。  ぼくはかえってきたんだなあ。  つめたい、死の世界に。
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