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たわけもの
時は天文17(1548)年……
尾張国
「おい!
菊はどこじゃ!」
怒鳴り声と共に馬の太い響く足音が
徐々に近づいてくる。
艶やかな毛並みの馬に跨って
村はずれの一軒家の前にやってきた信長は辺りをぐるりと見回した。
民家の中から
「何事ですか?お屋形様」
かすれた声で答えながら年老いた老婆がゆっくりと出てきた。
「おお! お玉!
おったのか! 菊は どこじゃ?」
信長は馬から弾むように地面へ下り立つと輝くような笑顔を老婆に向けた。
「お屋形様、毎日毎日この婆婆の所においでになるとは、よっぽど暇だとみえますなあ」
玉は溜息混じりに言った。
「ふん。どうとでも申せ!
菊に渡すものがあるのじゃ」
いくらか頬を紅くした信長の手には白いホタルブクロの花が数本握られていた。
「それを、お菊に?」
玉は、珍しいものを見るように信長を眺めた。
「そうじゃ」
満足そうに微笑む信長。
信長はあちらこちらに視線を向けながら菊を探しに山へ入っていった。
「まったく
大層、御執心じゃのう」
玉は、信長の後ろ姿を
微笑んで見送った。
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