1、茶店の駄目男(だ・めんず)マスター

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「女だって腹立つわよ、みんな一緒にする人もいるのよ、子供ができないってだけで」 「だからって子供を預かろうとする覚悟もないんでしょ」 「うちのがだめよ、一人っ子の甘えん坊はいくつになっても甘えたがりで、子供なんか産めないからお前を選んだんだなんて言うやつだもの」 「それでも何年?」 「結婚して、三十年よ、あんなハゲになるなんて思いもしなかったわ」 みんながわらう。 それでも離婚もせずにやってこれた秘訣はと言われ。 「妥協よ、妥協、この子たちとおんなじ、捨てないで―ってどこかで思ってるのかもね」 捨てないでか、それで殺されるんだもんなー。 畳まれた新聞を横目に、注文をもらい作り始めた。 そしていつものように十一時で閉店、だが客はまだいる。片付けをして、俺だけ先に上がる。二階の住居へと向かった。 「ただいま」 誰もいない部屋に声を掛ける。 去年、オヤジが死んだ。寒い二月、倒れたオヤジを病院に運んだらあっけなくいってしまった。大学は何とか卒業した。まだ就職が決まってなかったから、俺はこの下の喫茶店を継いだ。 バツイチだったオヤジは大学に行って何になるんだと言っていたが、まあ、俺がバイトでホストをしてたからやってけたんだよな。 最初だけ頭を下げ借金して入学金を出してもらった。だけど、あとは俺が自分で払った。それだけは文句言わせねえ、でも、結局、何のために行ったんだか、考えちまう。 寄ってくる女たちも、そう、軽かったよな。 なにが、結婚しても遊べないのなんていやだ?こっちから願い下げだ。 スマホが鳴った。 ヘルプ! 「ヘイ、ヘイ、稼ぎましょうかね」
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