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「はあ? なんなの? その言い草」
貴子は、頭にきていた。吊り革から手を離して男に向かい合う。
―――冗談じゃない。
揺れた振りして、吊り革を掴んでいた私の手をドサクサ紛れにぎゅっと掴んだくせに。
満員電車の為に言い合いをしている男とは、非常に近い距離だった。
その距離は貴子のパーソナルスペースを確実に犯していたし、知らない男とこんな風に至近距離で向かい合う事は、文句を言い出した貴子自身に心理的圧迫感を与えた。
「吊り革は、大体ひとつを一人の人が使うもんよ! なんで人が掴んでるものに後からやって来て平然と掴むわけ?」
その時、再び車体が大きく揺れた。
「きゃあ」
傾いた電車と同様に進行方向へ傾く乗客。
貴子も例外じゃなかった。傾いた体は、何か掴むものを求めて空中をさまよった。
―――何か! 掴まないと倒れる! 助けて!
藁をも掴むような気持ちで貴子は手を伸ばした。
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