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電車の揺れに合わせて予想以上に傾いた貴子の体は、不意に掴んだ物のおかげで、どうにか倒れずに済んでいた。
―――ふう。助かった。
息をついた時に苦しそうな声が、耳元で聞こえてきた。
「ぐるし……いい加減に……離して……くれ」
「え?」
真横に迫った苦しげな男の顔。
―――さっきの男じゃないのさ。これって、まさか!
貴子の視線が、必死で倒れないために掴んだ自分の手の行く先をたどった。
右手が男の紺色のネクタイをがっしりとまるで締め上げるように掴んでいた。
「あ! ごめんなさい。つい」
パッと手を離す貴子。
「ごめんなさい。わざとじゃないんです。ホントに。はははっ」
笑って誤魔化そうとする貴子に、ネクタイを直しながら男は冷たい瞳を向けてきた。
「吊り革は、公共のものだが……」
言いながら男は、ネクタイを指差す。
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