26人が本棚に入れています
本棚に追加
「今から、行く。住所言えよ」
驚いたように尾田の顔を立ち上がって見ている涼子。
「ああ、……わかった。すぐ行く。動くなよ」
電話を切ってから涼子を直視した。
「今、ちょっと行く所が出来たんだ。悪いけど今日はこれで……」
「仕事?」
「いや、仕事じゃない」
嘘がつけない尾田は、まっすぐに涼子を見た。涼子は、少し震えるような唇から小さく声を発した。
「まさかと思うんだけど、聞いてもいい?」
「ああ」
「他の女のところへ行くの?」
尾田の嘘がつけない性分は、時に人を傷つけてしまう。それを尾田も頭ではわかっている。わかっているのに、嘘は言えなかった。
「ああ」
「どうしてなの?」
とがめる様な口調の涼子に近づく尾田。
「放っておけないんだ。あいつだけは」
その言葉に目を大きく見開く涼子。
「仕事でもない女の所へ行く理由が、それ?」
「ああ」
「正直すぎるのも考え物ね。……早く行きなさいよ」くるっと後ろを向く涼子。
キッチンからは、尾田が好きだと言っていたカレーの匂いがしていた。
「行ってよ!」
大きな声で叫ぶように言う涼子の背中が少しだけ揺れていた。
最初のコメントを投稿しよう!