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僕は今、パートタイマーの田牧笙子さんに想いを寄せている。
密やかな想いだ。
彼女は今年四十一歳になる(世間一般的な感覚からすれば)中年女性。旦那さんと高校生の息子さんとの三人暮らしだそう。
半年前の三月。
彼女が面接に訪れたさい、応接室に案内したのが自分だ。僕は経理課社員だが、たまたま事務所の入り口で彼女と行き合ったためである。
既婚者だとは思った。
少し型遅れのスーツと手入れの簡単そうな髪型に、それは表れていた。全体的に漂う生活感というのか。
家計を助けるために働きに来た、他のパートさんと大差のない普通の主婦そのもの。
だけど、にこりと笑うと涙袋がぷっくりと膨らみ、少女の面差しになるのが印象的だった。
『この部屋で少しお待ち下さい。係の者を呼んできます』
『はい、ありがとうございます』
やわらかな雰囲気に釣られて、僕も優しい気持ちになった。あの微笑みは僕の中に、温かな思い出のように残っている。
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