傘の猫

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「あれ」  些細な違和感。模様が変わってるような。  猫が 「立ってる?」  驚いて廻すのを止めた。  その途端。  傘にずしり、と重みが加わり 「え? え!」  とすっ、と軽い衝撃の後。雨ではないモノが降ってきた。  真っ黒な猫だ。慌てて傘を見る。そこに、猫の姿はなかった。  猫は「ふん」と鼻を鳴らして、私を見上げた。  透き通るような水色の眼。思わず 「きれい」 「にゃあん」  甲高い声が響いた。それはどこか嬉しそうで、猫に表情なんてあるのか分からないけれど、笑っているように見える。  黒猫の柔らかな毛並みに、雨粒が降り注ぐ。  私は何が何だか分からないまま、猫に傘を差し向けた。  「猫は濡れるのが好きではないはず」と思ったからだ。  しかし猫は、ぷるぷると体を振るい 「んにゃ」  と鳴いて、歩き出した。  「付いて来い」とでも言っているのだろうか?  私が歩き出さずにいると 「んにゃう」  「早く来い」と催促された。  雨の中を悠々と歩く後ろ姿を見て、「そうか」と思いつく。  この猫は傘にいたから、濡れるのはきっとへっちゃらなんだ。  口元が緩んでいた。  猫を追いかけて、歩き出す。  【傘の猫】と歩くことなんて、滅多にあることじゃない。  猫はしっぽを揺らしながら、ゆっくりと歩いていく。  その足取りは軽やかで、惚れ惚れするほどだ。 「にゃんにゃ にゃんにゃ にゃー」  軽快なハミングは、単調な雨の音すら、楽しげなメロディに変えてくれる。  時折立ち止まっては、街路樹から滴る雫を舐める。  降りしきる雨を、猫は楽しんでいる。  私も立ち止まって、かすんだショーウインドウを覗き込んだ。  少しずつ、雨を楽しむ余裕が出てきた。   
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