あなたの好き

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人種の差よりも個人の能力差だ。 民族と民族で戦うわけではない。 リングで対するのはたった一人。 その相手より自分が強いか弱いか、それだけのこと。 「世界戦、私と美咲は、観に行かないわ。……いいえ、世界戦だけでなく、あなたの試合は今後一切観たくない」 不意に、母さんの言葉を思い出した。 母さんは、俺が柳瀬さんに負けた試合がよほどショックだったらしい。再戦して勝ったけれど、勝敗は関係なく、やはり息子が殴られるところは観たくないと言った。 観ないけど応援はしているから頑張りなさいとエールを送られて、うんと答えると、母さんは長い睫毛を伏せてつぶやいた。 「……貫一くん、すごいわね」 「え?」 「私なら耐えられない。……もし美咲があんなに殴られていたら、発狂してしまうわ」 「それは、だって俺はボクサーで、貫一さんはトレーナーだし」 「……いいえ、あのとき、倒れたあなたに駆け寄る貫一くんはトレーナーではなかったわ。傷ついた恋人を心配するひとりの男だった。……あのどよめきの中で、彼の悲痛な声がはっきり聞こえたわ。彼、喉が潰れるほどあなたの名前を呼んでいたのよ」
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