恋焦がれて

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俺の心苦しさを感じ取ったのか、智典が気づかわしげに俺を覗き込んできた。 「貫一さん?」 「なんでもない。ほら、亘祐(こうすけ)が呼んでるぞ」 どぎまぎして指さす先には、練習生の一人、中学生の片山亘祐がいる。 彼はもともとU-15の地方大会で活躍していた選手で、智典に憧れてうちに移籍してきた。 わざわざ佐賀県の鳥栖市からバスで通い、熱心に練習に励んでいる。 「智典さんっ! スパーしてください!」 はいはい、と言って向かいかけた智典が、肩越しに俺を振り返った。 「……いまは父さんに甘えていますけど、それももうすぐ終わりですから。俺が世界を獲って、そのあともバンバン試合して、そのファイトマネーで大きなジムを建ててスタッフも雇って、新居建てて海外に別荘も建てて貫一さんを一生養っていきますから」 「へーへー、楽しみにしてるわ。ほらとっとと行け」 背中を押してリングに上げさせてから、ふっと口角を上げる。 大きなジムを持ちたいだなんて思わない。俺には今の規模がちょうどいい。 だいたい、智典ほどの選手を持っていること自体、俺には分不相応なんだ。
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