俺の光

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白い(もや)のなか、遠雷のような喧騒に混じって、絹を裂くような悲鳴が聞こえた。 倒れ込む瞬間の映像が、スローモーションで脳内再生される。 遠ざかっていく意識のなかで見上げた、柳瀬さんの顔――それを勝者の顔だと認識したとき、俺は、自分が敗者になったことを知った。 体の痛みより、心の衝撃の方が大きかった。 俺は、負けたのだ。 初めて味わう敗北感に、呆然とした。 俺はこれまで、挫折すら知らなかった。 学力も運動能力も容姿も、望まずとも最初から当たり前のように持っていた。 俺は自分が強い人間だと信じていた。 何でもできる優れた人間。 そんな傲慢な自信があったから、ボクシングを始めることにも躊躇いはなかった。 実際、高い学習能力と、父さんのおかげで培われていた肉体の力で、ぐんぐん上達した。試合ではノックアウト勝利を重ねた。 もちろん恐怖心はあった。 けれどそれは試合相手に対してのものではなく、『負ける』という未知の体験への恐怖だった。 怖くて怖くて、俺はそれから逃れるために鍛えてきた。全身の鎧が強固さを増すほど、自信の壁も高くなり、恐怖から目隠しをしてくれた。 けれどその壁は、粉々になった。 俺は、負けた。
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