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「柳瀬さんを倒した俺に与えられたのは、日本チャンピオンのベルトだけじゃない。彼が担っていた責任も、引き継いだんです。追うだけの立場から追われる立場になった、その責任の重さです」
「智典……」
「……俺は一度負けて、敗者の気持ちを知りました。負けた人間が、どんな想いで勝者を追いかけるのか……それを知ってしまったから、もう手放しで喜ぶことはできません。
俺は、もっと強くならないといけない。追いかけてくるボクサーたちが目指すに値するボクサーにならないといけないんです」
噛みしめるように言うと、貫一さんはふっと相好を崩した。
「成長したな、お前。初めて会ったときと全然違う」
「……未熟だった俺を、ここまで育ててくれたのは、あなたですよ」
世界の名トレーナーたちの多くは、すでに基礎ができている選手を途中から引き受けて指導している。
でも貫一さんは、まったくの初心者だった俺をここまで育ててくれた。
彼は素晴らしいトレーナーだ。
少なくとも俺にとって彼以上のトレーナーはいない。
けれど貫一さんは、少し寂しげに首を振った。
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