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過ちからは目を逸らしたくなる。でも目を逸らせば過ちはさらに新たな過ちを生み、俺は未だに過ちを改められずにいる。
鷹山の体が一瞬揺らぐ。
「うをっ…と」
右足が踏ん張って倒れそうになった体を支える。
咄嗟に出掛けた腕が行き場を無くして立ち止まる。
「大丈夫かよ、若者」
努めて明るく装って俺は言う。
ときどき、鷹山の起こす脳貧血。
「ダイジョブ、死にゃあしねーから」
破顔一笑に伏して君はマイクを握りなおす。
「今日はもう終わり」
「えー?なんでー?」
君は不満いっぱいの顔で俺を見る。
「また今度ね」
俺はギターをケースにしまい、鷹山の髪をなでる。
また今度なんてないこと、俺はわかってる。
口唇を尖らせて、君は不満顔。そんな顔しながら、素直にマイクを片づける君は可愛い。
最後に、首からぶら下げていた段ボールを外して、鷹山はどこからどう見ても普通の青年になる。
「帰ろうか」
俺が笑うと、君は手を伸ばす。
「なに?」
「恋人なんでしょ」
俺の言葉に、君は言う。
胸が縮む。
俺は泣きたくなって、泣きたくて笑う。
その手を取って、俺はまた、自己矛盾を起こしそうになる。
また過ちを重ねようとする。
この蝕まれた体で、記憶障害のある君と、いつまでこんな生活をできるというのだろう。
愛してる。
離れたくない。
そばにいたい。
それは今も変わらない。
変わらないから、俺は君を失う自分があわれで、かわいそうで、その決断に踏み出せないでいる。
結局、自己愛だけなんだ。
最低な人間。
「今日の夕飯、何にしようか」
繋いだ手を揺らして君が問う。
「何かおいしいものがいいな」
他愛もない幸せな会話。
この幸せを手放さなくちゃ。
かわいそうなのは、俺じゃなくて、
「俺、肉喰いてぇな、肉」
屈託もなく笑う君に、胸が痛む。
辛いのは俺じゃなくて、
「じゃあ、焼き肉にでもするか」
「さんせー!!」
俺が今、君とはなれなかったら、この先、可哀想なのも、困るのも、辛いのも、苦しいのも
全て、俺を亡くした後の君なんだ。
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