雨粒の一生

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人間はいないから言葉は発せられていない。ただどういった事を意思疎通しているのかは伝わってきた。その情報を集めると、どうやら私は水分に魂を宿してしまったようである。 彼らは雨粒になる予定の者達であり白き遊覧船、要するに雲のことであるが、その定員が規定の人数を超えると溢れ出し大地に降り注ぐとのことらしい。こちらから現状について質問したいと考えたが、意思疎通をする方法が分からず、相談に乗ってもらうことはできなかった。意思疎通が全くできないなら、いっそ理解のない上司がいてくれた方がまだマシであったかもしれない。そう言えば、上司は無事に川を渡ることができたのだろうか?あの上司であれば、死んでも取引先の元へ向かいそうなのだが。 やがて遊覧船の席がいっぱいとなり、私は雨粒の一つとなって私は地上に舞い降りた。初めての落下は恐怖を感じたが回数を重ねる毎に慣れていった。 人間の魂は自然に還るなんて言ったものだが、本当にその通りになってしまった。水分になってしまった私にはどうすることもできず、そのまま悠久の時を過ごすことになった。 そして幾年も経過し現在に至る訳だ。 雨粒として流転したのはこれで何度目だろうか?もう数えてすらいない。変わらぬ日常、変化のない毎日は人間の頃の自分ではありえなかった。せっかちな上司や期日に追われ、自分より能力の劣る連中に足を引っ張られ嫌気が差した私はスピード感を持って仕事をした。素早く冷徹な判断を下した。新入社員の頃に持ち合わせていた周囲への義理人情等は捨て去り、まるで機械のように合理性のみを貫き生きてきた。ただ前だけを見て前進するそんな人生だった。雨粒として生きる今はやるべきことはないのに、忙しかった日々よりも落ち着かなかった。心の平穏が保てずにいた。そんな風に考えていると一滴の雨粒が狂ったように雄叫びをあげながら落下していることに気がついた。 『もっとだ・・・もっと加速しろ!いち早く地面に到達するのだ!俺は光よりも早く落ちていくぞ。弾丸のように地表を打ち砕くのだ!今回は10000mから落ちてきたのだ。自己ベストは絶対超えられるはずだぜ!!!』
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