雨粒の一生

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私は発想の違いに驚いた。水玉の価値観は人間のそれとは明らかに相違していた。見方を変えればどんな地獄でも幾分楽しくなる気がした。私は合理的で目的を持って生きる事を大切にして、時間を無駄にせず過ごすことを第一としてきた。強い目的意識も持たずただ漫然と日常生活を送っている人間を馬鹿にしてきた。しかし、日常生活をただ送ること、その日常に些細な変化を見つけること、何か新しいことを始めなくても誰かとの関わりで変化の起きることを考慮すれば、きっと意味のある物になると思えた。 「もう行くのか?」 『ああ、そろそろ飛び降りる時間だ。』 「またな。」 『いや、これが今生の別れかもしれないな。』 「そうなのか?」 『世界は広いからな。こうやって短期間に再会できたのは奇跡的だった。』 「ありがとう。久しぶりに穏やかな気持ちを取り戻すことができた。」 『一期一会さ。だから、みんなもバカ騒ぎをしている訳さ。』 「この喧騒もこの瞬間を大切にしようという気持ちが表れていた訳だな。」 『そういうこと。』 彼は飛び降りようと身構えた。飛び降りる様を見届けようと私は彼を凝視していた。しかし、彼は振り向き私に尋ねた。 『そういえば、あんた以外にも変わった雨粒がいたぞ。知り合いか?』 「変わった雨粒?」 『ああ、自由気ままにやれば良いのに、やたら生き急いでいる奴がいたよ。他の雨粒と無理やり同調して早く飛び降りるようにメッセージを出して急かすのだよ。落下速度に限界があるのだから早く飛び降りなくては時間が勿体無いと言っていたよ。あんた以上に関わりたくない雨粒だった。落下速度なんて言うあたり、もしかしたらあんたの知り合いかと思ってさ?』 「心当たりはある…」 『そうかい。まあどこかであったら説教してやってくれよ。じゃあな。』 今度こそ、彼は別れの挨拶を告げると、勢いよく飛び出した。 『ヒャッハー、今日も俺は絶好調だ!!俺は大地を砕き地震や地割れを起こしてやるぜ!風に乗った俺は今日も乱舞し空を駆け巡るぜ!!大自然の中でのオンリーワン、俺こそが世界最強だぜ。もう誰にも止められない。雷をまとって天空より飛来する。俺はシューティングスター!』 「元気だな・・・」 半分バカにしつつも、遠目で彼の荒ぶる姿を見送り私も旅立つ準備をした。今回からの旅は楽しめそうな気がした。
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