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「おっ!」
篤樹はわざとらしい声を上げると、立ち上がる勢いを利用して、座っていた木製の四角い椅子を蹴り飛ばした。
椅子は予測していたよりよっぽど派手な音を立てて転がり、その瞬間、この場にいた全員の注目が篤樹に集まった。
もちろんそれは教壇に立っていた彼女も例外ではなく、大きな音に驚いて身をすくませると同時に篤樹にも目を向けてくれることになった。しかし待ち構えていた篤樹と視線が交錯するや否や、彼女はわざとらしく目線を外してしまったのだ。
それはまるで、磁石のN極同士が出会ってしまった時のような拒絶っぷりで、そこまでのものなのかと驚いた篤樹は逆に彼女を二度見してしまったほど。
「大丈夫?!」
隣にいた璃子が手を伸ばしてくれるのを遮り、自分で椅子を元へ戻す。
「あー、すみませんでした。えーっと、一年の伊藤篤樹です。よろしくお願いしまーす」
篤樹のやさぐれ気味な挨拶は、璃子の時より控えめな拍手で迎えられた。
……なんでいきなり嫌われてんだよ、俺?
仏頂面で椅子に座り直した篤樹はその後椅子と共に体を前後に揺らしてみたりしたが、彼女の視線が再びこちらへ向くことはなかった。
「そ、それじゃあ、次にうちの部の年間予定ですが……」
全員の自己紹介が終わると同時に、彼女は待ちわびていたように背を向け、黒板に字を書こうとした。しかしこの時「ちょっと待ちなさいよ、葵!」と篤樹の隣のテーブルから鋭い声が挙がったのだ。
「あんた、自己紹介を一人分忘れてるわよ」
「え?」
「ほら、自分は?」
教壇に向かって指を突きつけたのは、三年生の宮沢玲香という名前の先輩。
この人はこの人で強烈なインパクトの持ち主だった。
だって美人でスタイル抜群な上に、高校生にあるまじきばっちりメイクを施している。指先の付け爪もキラキラと輝いちゃっていて、そんじょそこらのアイドルよりよっぽどケバい。
もちろんスカートは男子が直視できないほどの超ミニで、髪の毛にいたってはマンガに出てくる女王様みたいな縦巻きロール。毎朝、一体何時間かけてセットしているのかと心配になるくらいの完璧な仕上がりだ。
「ホントだ、ごめん!」
宮沢先輩が派手の頂点を極めているのなら、こちらは地味業界の大ボスだろうか。
壇上の彼女は同学年からの高飛車な物言いに反発するどころか、首筋まで真っ赤に染めてすくみ上ってしまった。
「あ、あの、私は三年で副部長の高梨葵といいます。えーっと、みなさん、これからよろしくお願いします」
慌てふためいた様子で自己紹介をする彼女は、たかだか挨拶を一つ忘れただけなのに恐縮しきっている。その姿は見ているこちらが可哀想な気分になるくらいだった。
「そ、それと、ホントはもう一人、部長の田部井くんがいるんだけど今日は兼部しているバスケ部の方へ行っちゃってて……ごめんなさい」
部長がいないのは自分のせいではないのに、まるで米つきバッタのように何度も頭を下げている。
「じ、じゃあ、改めて年間予定を……って、うちは9月の文化祭で発表するくらいしかイベントが無いんだけど」
消え入りそうなくらいに小さな声の先輩は、最後にやっぱり「ごめんね」とよく分からない詫びを口にしたのだった。
その後も副部長さんによるたどたどしい司会で、部活動初日のミーティングらしきものは続いたものの、結局は予定していたより一時間以上も早くにお開きとなってしまった。
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