1章 化学部の先輩

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1章 化学部の先輩

 生憎と、彼女は第一印象からしてイマイチぱっとしない人だった。  とにかく地味。  柳の木を思わせるひょろっとした背格好も、凹凸に乏しいのっぺりとした顔立ちも、細めの目も……まぁ日本人らしいと言ってしまえばそこまでなのかもしれないが、全体として薄ぼんやりした印象を篤樹は受けたのだ。  高校三年生にして化粧っ気は全然なくて、眉毛もいじらず、おさまりの悪い黒髪は襟足近くでシュシュを使って無造作に束ねている。唯一目を引くのは、頬一面に広がった痛々しいほどの赤いニキビくらいのものか。  そして、これこそ篤樹は驚いてしまったのだが、制服であるブレザーのスカート丈がなんと校則ぴったりの膝下3cm!  ……三年にもなってこのスカート丈はないよな。新入生でも野暮ったいと言って、既に短くしてるのがいるくらいなんだし。  そんなわけで、篤樹は彼女が気になってたまらず、先ほどからずっと物珍しげにその様子を観察しているのだった。  ……まぁ、何より変なのは、全く顔も上げずに司会ができるとこだけどな。  そう、今日は都立松葉丘高校化学部の新年度最初の活動日。有機溶剤の臭いが沁みついた古めかしい化学実験室に集まった部員たちは、初日らしくまずは自己紹介をしていたが、教壇に立って司会をしている彼女は手元の書類にばかり視線を落としていて、部員らに目を向けようとしない。その用紙にどれほど重要な案件が書かれているのか知らないが、彼女は始まってからずっと俯いたままぼそぼそと曇った声で話をしているのだ。 「じゃあ次の人……牧之瀬さん、どうぞ」 「はい」  篤樹の隣に座っていた女子が立ち上がった。 「一年の牧之瀬璃子です。これから先輩方と一緒にいろんな実験をやっていきたいです。よろしくお願いします」  璃子が頭を下げると、総勢わずか八人ばかりの部員たちからは、ぱらぱらとまばらな拍手が返ってきた。 「あぁ、それから私のことはリコって呼んでください」  最後ににっこり笑って付け加える璃子は、壇上の先輩とは違い、小柄で明るい性格の活発そうな女の子だ。ちなみに彼女のスカートは、すでに膝丈ぴったりくらいの長さになっている。  肩先で揺れるツインテールも愛嬌たっぷりの表情も、決して悪くない可愛らしい子ではあるが、その可愛さを自分で理解しきっている感が、篤樹にはどうも鼻につく。 「ありがとうございます―――じゃあ、次……い、伊藤くん、どうぞ」  先輩はとうとう篤樹の名も呼んでくれた。しかし彼女の目線はやはり下を向いたままで、しかも何を緊張しているのだか、無駄にどもっているし。  こうなると篤樹の中の天邪鬼な性分はめきめきと頭をもたげ、意地でもこちらを向かせたい気分になってくる。
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