(三)婚礼

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「それとは逆に、国は私を殺そうとしている。つまり国は私を大切に思っていない。そんな国を私が大切に思えるはずがない、だから私は国なんかのために死にたくない。そもそも、天気なんて人間に制御できない。なのにこんなに大層な儀式をお膳立てして、何年も生贄を育てて……馬鹿馬鹿しいと思わないんですか? その辺の子供だって、馬鹿みたいって言うと思いますけど。皆さん大人のくせに、子供以下ですよね」 「おい! こっちが黙って喋らせてやれば調子に乗りやがって!」  怒気を含んだ男の声が、早く儀式を、と神官に呼びかける。 「もう少し待ちなさい。君は血の気が多すぎる」  声の方を向き、神官は苛立ちを隠さずに諫めた。そしてまた私の方へ向き直った。 「ライラ。聡明で勇敢なる少女よ。君が言った通り、国という幻想を共有する者の間では、国は存在する。それはわかるね?」 「ええ」 「儀式もしかり。無垢な美しい少女の心臓を神に捧げることで、人間が天気を制御できる……その幻想を共有する者の間では、この儀式は効力があり、意味があるものなんだよ。君にとって意味があるかどうかは、我々にとってどうだっていいんだ。君にとってこの国がどうでもいいのと同じようにね」  にいっと神官が唇の両端を吊り上げた。そのとき初めて私は、この神官を怖いと思った。 「さて、そろそろ時間かな。書記はいるか」 「はい、ここに」  若い男の声と衣擦れの音がしたが、私の視界には声の主は入ってこなかった。目覚めてからずっと、私に見えるのは神官だけだ。そして、今にも降り出しそうな暗い曇天と。 「儀式が始まる前に少女は目覚めたが、国のために喜んで命を捧げた……そう記録しなさい」 「かしこまりました」  嘘だ、と私は叫んだ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。私は国なんかのために死にたくない! 「ライラ。黙って」  また神官が笑んだ。笑顔の裏の凄みを感じ取り、私は口を閉じた。 「ところでザイダは、この国の歴史を読み聞かせてくれたのではないかな」 「そうよ。それが何」 「歴史は、昔の誰かが、後世に残したいと思って残したものだ。その誰かとは? 勝者だよ。歴史とは勝者が紡いだ物語なんだ。だから、敗者である君の物語は、後世に残らない。ここで君がどんなに叫ぼうともね」
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