(三)婚礼

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 私は、はっとした。頭を殴られたような気分だった。この場所に来て初めて絶望を感じた気がした。私の死は、どうあがいても、無駄死にだ。その冷酷な事実は、この先どれだけの時が経とうと、もう決して翻ることはないのだ。私は死にたくなかったのに殺されたのだと、未来の人々に弁明する手立てはどこにもないのだ。  私のこめかみを、すうっと水滴が滑り落ちていった。ひょっとするとそれは涙ではなく、天が地上に落とした雨の最初の一粒だったかもしれない。 「もうお喋りは終わりにしよう。実に楽しい時間だった。……こんな場所ではなく、別の場所で君に出会いたかったよ」  剣を持て、と神官が言う。うやうやしく差し出された銀の短剣を受け取った彼は、それを天に掲げた。 「気高き乙女よ、君の魂が空の高みで天の王子と結ばれんことを」  きらりと輝いた刃が、稲妻のように私の上に落ちてくる。胸の真ん中に衝撃と痛みが走った。骨が折れ、肉が抉られたのが、私にははっきりとわかった。 「天の王子よ、雨の神よ! この心臓をお受け取りください!」  神官が私の心臓を両手に載せて頭上に掲げる。なぜかまだ私には意識がある。  私は手を伸ばして訴えたかった。心臓を返して。この国のことなんてどうでもいい、雨なんて永遠に降らなくて構わない。だから返して。赤い血が滴る、私の温かな心臓を。 「おお、見ろ、雨が!」 「天の王子が応えてくださったのだ!」  ぽつぽつと降り出した雨は、瞬く間に土砂降りになった。複数の男の歓声。心臓を取り出されてぽっかり空いた胸の穴に、雨が溜まっていく。赤い赤い雨水が溜まり、やがてあふれ出していく。  ふと気づけば男たちの声は聞こえなくなっていた。それは彼らがこの場所を去ったからか、あるいは私が死にかけているからなのか。  私は雨に打たれ続けている。胸の穴からはごぼごぼと赤い水が流れ続けている。手足が冷たい。意識が朦朧としてくる。  この雨は楽園にも降り注いでいるだろう。メッツァとジーマは、うっとりと庭を眺めながら、ライラは雨の中の婚礼だねとはしゃいでいるだろう。  どうか二人は生き延びられますように。民の命を大切にしない国なんて滅びてしまえばいい。雨の見返りに人間の心臓を要求する神なんてくそくらえだ。  天に向かって私は呪詛の言葉を吐いた。  雨なんて大嫌いだ。
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