(三)婚礼

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 ふと目が覚めると、どんよりと曇った空が見えた。寝そべっているということは、どうやらもう目的地に着いて車を降りたようだ。チチャのせいで頭も体も重たい。それでもなんとか起き上がろうとしたとき、手足に痛みを感じて私は訝しく自分の体を見やった。私は冷たく硬い石の台に寝かされ、両手両足を縄で台にくくり付けられていた。 「えっ、何これ!?」  思わず私が声を上げると、視界に、大人の男の顔がぬうっと現れた。白い服を着て立派な冠をかぶっている。その冠には見覚えがあった。ザイダが見せてくれた本の挿絵だ。神官の冠のはずだった。 「おや、目覚めてしまったのか」  少し驚いた顔の神官に、私は矢継ぎ早に尋ねた。 「ここはどこ? どうして私は縛られているの? 私はライラ、王子の妃候補です。王子との婚礼の儀式に行かなきゃならないの」 「ここが儀式の場所だよ」  神官は落ち着き払った声で答えた。 「ここはピラミッドの頂上だ。これからここで、君と王子との婚礼の儀式を行う。君と結婚するのは天に住む王子、つまり雨の神だ。この国のために、君は雨の神の花嫁となる。君の心臓を捧げることで、神は適切な量の雨を降らせてくれるだろう」 「私の、心臓……?」  神官の言葉の意味を理解するのに、たっぷり数秒かかった。私はずっと騙されていたのだと、ようやく気がついた。婚礼なんてでたらめだ。これは人間の心臓を捧げる雨乞いの儀式だ。私たちは妃候補という名のもと、神に捧げるに値する上質な生贄となるよう、楽園で贅沢な暮らしを与えられていたのだ。それを幸運だと思っていただなんて、なんて私は馬鹿だったのだろう。  私は楽園の広い屋敷と美しい庭を想った。先に「嫁いだ」アロンゾとクキータのことが頭に浮かんだ。二人もきっとこの場所で心臓を奪われて殺されたのだ。私はきつく目を閉じて祈った。どうか彼女たちは私のように儀式の直前で目を覚ましていませんように。何も知らず、幸せな結婚を夢見て眠りについたまま、この世の生を終えていますように。 「ザイダは……ザイダはこのことを知っているの」 「知らないよ。彼女が大切に世話をした少女たちは、王子の妃になるのだと、彼女は純粋に信じている」
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