(三)婚礼

3/5
前へ
/11ページ
次へ
 やはりそうか、と私は思った。優しいザイダ。彼女が実の孫のように可愛がっている少女たちが、生贄として殺されるためだけに楽園で生きているのだと知ったら、彼女は悲しみのあまり気がふれてしまうだろう。この期に及んでもそう思えるくらいに、ザイダの愛情は本物だった。  そしてメッツァとジーマ。彼女たちがこんな馬鹿げた儀式の犠牲にならなくて済みますよう。こんなことで命を散らすのは、私で最後になりますよう。 「国なんてどうでもいい。私は死にたくない」  口走る私を、神官は咎めるように見た。 「国なんてものの実体は存在しない。あなたも本当はわかってますよね? 実在するのは、血の通った一人一人の人間だけ。国は、国を信奉する人間の間でだけ通じる共同幻想であって、私のように信奉しない人間にとって国は無いことと同じ。だから、私にとって国なんてどうでもいい。そんなもののために死にたくない」 「小娘! 口を慎め!」  誰かが口を挟んだ。私から見えないところに従者がいるらしかった。 「だが、君がどうでもいいという『国』には、君の大切な家族が住んでいるんだよ?」  意外なことに、神官は従者を無視し、私との会話を続けることを選んだ。 「国という体制が共同幻想であることは認めよう。しかし土地としての国が存在することに異論はないだろう? 君がいないと儀式は成立しない。雨の神の機嫌を損ねたせいで、この国に住む君の家族が死ぬのは構わないのかい?」 「私の大切な家族や、『楽園』の妹たちやザイダのためなら、私は死んだって構わない。でも彼女たちは、私に死んでくれなんて絶対に言わない。彼女たちも私が大切だから。本当に大切に思っていたら、命を捧げろなんて安易に言えるはずがない。言ってること、わかりますか? 私は家族のために死んだっていいけど、家族は私が死ぬことを望まない。だから私は死なない」 「ふむ。それはそうだね」  うんうんと神官が頷いた。彼はどこか面白がっているようにも見えた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加