1人が本棚に入れています
本棚に追加
大嫌いだったはずの雨を好きになったのは、いったいいつからだろう。
朝6時30分。
混み始めるには少し早いバスの中から、雨に濡れた窓の外をぼんやりと眺める。
反対車線で信号待ちをしている、眠そうな運転手。
規則正しいリズムで動くワイパー。
点滅する青信号に急き立てられるように、横断歩道を小走りで渡るサラリーマン。
エンジンを切ったバスの中は驚くほど静かで、窓の外に見える景色がまるで別世界のように感じられる。
けれど信号が変わってエンジンがかかった途端、あっという間に現実に引き戻されてしまう。
今日は出勤したらすぐにメールチェックして、昨日の案件に対する顧客の返答を確認。
返答が届いてなければ、こちらからもう一度連絡しないと間に合わなくなる。
昨日、電話越しに聞こえてきた顧客の罵声を思い出すと、呼吸が苦しくなる。
直接顧客と連絡を取り合っていたはずの上司から事情を聞き出そうにも、携帯をいくら鳴らしても応答はなく、折り返しの連絡もなかった。
出張中とはいえ社用携帯は持っているはずなのに。
顧客も、連絡が取れないと激怒していた。
怒り心頭の顧客からなんとか状況を聞き出し、打てる手を打つ。
できるだけ、最善の手を。
朝一で。
出社すれば、取っても取っても鳴り止まない電話のコール音が待っている。
取引先は、ひとつだけじゃない。
そっと、重い胃に手を添える。
停留所でバスが停まった。
窓の外の雨は、まだやまない。
やまなくていい。
「隣、いいですか?」
ふいに声をかけられて視線を向けると、前髪を濡らした青年が、申し訳なさそうに立っていた。
最初のコメントを投稿しよう!