第一章:透明な水面

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 仮に、彼が背負う“キャプテン”という肩書きが、形だけのハリボテだとしても、キャプテンはキャプテンなのだ。チームメイトをまとめ、責任を負い、先頭に立つ事は当然だった。  そうだというのに、そのハリボテのキャプテンが辞めてしまったとなると、誰かが代わりにならなければならない。――だからみんな焦っている。彼が、部活を辞めたから、ではない。彼という、面倒事を背負ってくれる使い勝手のいい“足場”がなくなったから、焦っているのだ。  自分が辞めてしまうと、こうなるということを予め分かっていた彼は、尚更、部活を辞めるという決意を明確にした。  所詮、弱小チームのキャプテンなんて、仲間の失敗を拭う程度のモノでしかなかった。そういうことだろう。    そして、小学一年生から続けてきたサッカーをあっさりと辞めてしまった彼が、どうして田舎町の電車に乗っているのかというと、理由は案外単純であった。   「受験生なんだし、勉強しなさい」 「分かった。従兄のところに行くよ」    それだけだ。  勉強、勉強、と少々イライラしていたという理由もあって、案外簡単に彼の家出計画は実行された。    夏休みが始まってすぐに出かけたので、当然、まだ八月じゃない。  しかし、田舎になっていくに連れて、段々とセミの声が大きく聞こえてくるのはどうしてだろう。   「セミも、大変だよなぁ」       
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