第一章:透明な水面

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 何年も土の中にいて、いざという時に外に出ても、わずか一週間しか生きられないだなんて。  そう考えると、今のうちに精一杯鳴いてほしいと思ってしまう。せめて悔いが残らないように、必死になって鳴いてほしい。   ――セミの命だって、一つしかないのだから。    と、そんな他人(虫だけど)の事を心配している暇じゃないと気づいた彼は急いで、電車を降りる準備をする。  電車が停まると、ホームの人数の少なさに愕然とする。さすが田舎といったところか。都心部に生まれ、都心部で育ってきた彼には、この古臭い感じの寂れた改札口が、むしろ新鮮であった。    駅を出ると、肌をジリジリと焦がす太陽を睨む。というか、太陽に睨まれている。どうして、ここまで強い光を放つ必要があるのか。 (太陽みたいな人間って、正直鬱陶しいよなぁ)  だんだんぼんやりしてきた頭で、そんな風にイライラしていると、車がこちらに向かって走ってきているのが分かった。    ここはかなり田舎だ。  都会育ちの彼の視点なので、必ずしも共感できるとは限らないが、それにしても森が多い。  駅から少し離れてしまうと、すぐに道路という概念はなくなる。そこにあるのは、“道路”ではなく“砂利”だ。     
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